「どうもー、青空電子(でんこ)でーす」
「青空遺伝子(いでんこ)でーす」
「まあまあ、このクソ暑いのにようきはったなあ」
「ほんまにねえ、ありがとうございますう」
「ようみるとおっさんばっかやな」
「もう素敵な紳士ばっかりで」
「会社にも家庭にも居場所なしで、真っ昼間っから寄席で暇つぶしってか」
「なんちう事言うねん」
「悲しき団塊世代やねえ、お父さん」
「あんた喧嘩売っとんのか」
「あ、そこのお父さん目え死んではるわ。え、何? うんうん、リストラで。ローン借金五千万? 妻は男に走って娘は家出? せがれはニート? ははあ、立派な家は建ってるけど中の人間はバラバラちゅうわけや。中性子爆弾喰らったみたいやな。あはははは」
「失礼にもほどがあるで」
「お父さん、帰って一杯やってから首くくるねんな」
「勝手に決めるな!」
「丈夫な紐でやったほうがいいですよ」
「優しい声で言うな!」
「いやーそれにしても暑いわねえ」
「今日も三十五度越えましたからねえ。でも電子はん、あんた盆休みとったやん。休み何してたん」
「うち実家帰ってたんやけどな、腹立ってすぐ帰ってきたわ」
「親子喧嘩でもしたんかいな」
「うちのおかんがな、人生訓とか養生訓とかむっちゃ好きでな、あちこちにぺたぺた貼ってあんねん。『高いつもりで低いのが教養』とか『腰は低く志は高く』とかいうんが冷蔵庫にマグネットでぺたぺた。廊下にもぺたぺた」
「あ、まあご年輩の方とかねえ、そういうの好きな方多いですわねえ」
「それだけでも鬱陶しいのにな、おまけに便所に例のアレがあんねん」
「例のアレって何」
「あいだみつを」
「わ、びっくりした。急にでかい声で言うな」
「便所にあいだみつをカレンダーがかかってるんやで!」
「何で腹立つの。あいだみつを、いいじゃないですか、ねえ?『人間だもの』とか、何かこうあったかーい気持ちにさせられますよねえ」
「あんた阿呆ちゃうか。勘弁してほしいわ。もう、あいだみつをとラッセンとヒロ・ヤマガタだけは勘弁して」
「何があ。素敵やないのお」
「何言ってんの。あんな、便所に貼ってあったあいだみつをカレンダーな、こう書いてあったんやで。
花には 人間のような かけひきがないからいい
ただ咲いて ただ散るからいい
ただになれない 人間のわたし みつを
もう阿呆らしゅうて阿呆らしゅうて思わず便秘になったわ。一週間ずっと便秘や。腹が膨れてえらい目におうたわ」
「あいだみつを読んで便秘で腹ふくれるの、あんたぐらいやわ」
「おかんに、『あんたそら誰の子や!』って言われたで」
「そんなに膨れたんかい!」
「いや、おかんにそう言われるとな、うちも、あれ、ひょっとしてヒロシの子かな? それともアキラかな? タクヤつうことはないなあ、あん時は中折れやったし…とか色々考えてしもうてん」
「あんたどないな生活しとんねん。だいたいやね、あいだみつをさんの何が気にいらんの」
「もう何もかも気にいらんわ。まずもってな、『花には人間のようなかけひきがないからいい』なんて、でたらめもええとこや」
「何でやの。だって野に咲く花はそういうもんやないですか、ねえ皆さん」
「花ほどずるいもんはないで」
「ずるい?」
「あのな、花ちうもんはちゃあんと目的があって咲いてんねん。ただ咲く、なんてそんな無意味なこと自然界にはあらへん」
「じゃその目的いうんは何やの」
「これに決まってるわ」
「その腰をぱこぱこさせるのやめや。いやらしいなあホンマに。一体何を表現してんねんそれは」
「生殖行為に決まってるやん」
「せ、生殖ですか」
「当たり前や。あんな、花には雄しべと雌しべがあってな、雄しべの花粉が他の花の雌しべに受粉して生殖するねん。他家受精ちうてな、自分の雄しべと雌しべはくっつかんようにできてるねん」
「あ、こっちの花の雄しべと、あっちの花の雌しべで受精するわけやね」
「そうや。で、雄しべの花粉は雌しべにくっつくとな、長ーい管を雌しべに挿入するんや。挿入した雌しべの付け根には胚珠(はいしゅ)いいよるやらしいふくらみがあってな、花粉はその胚珠と交わって受精して、子種ができるねん。花はええ匂いや蜜で昆虫を誘ってな、そいつに花粉運ばせることで子孫残すんや。花がきれいに咲くんは、皆さんここに甘あい蜜がありますよォいうことを広告するためや。スポーツ新聞買うと風俗の広告がぎょうさん載っててな、『むちむち淫乱娘のエリちゃんが待ってマス!』てなことが書いてあるやろ。それ見て今日きてるような疲れたおっさんたちがふら〜っと行くやろ。池袋のピンサロとか。あれと同じや」
「ま、まあ、たしかに雄しべと雌しべの役割いうんはありますわねえ」
「『雄しべと雌しべのまぜこぜあわせ! だりろん♪ ちららりろん♪ ちりちりらりろん、ちららりろん!』てセリフもあるやないですか、ねえ皆さん」
「ちょっと、お客さんシ〜ンとなってしもたやないの。一体、何やのそれは」
「『仮面の忍者・赤影』で魔風いかづち丸が言うセリフや」
「そんなオタクなこと言うたかて誰もわからんがな!」
「演じたんは汐路章やで」
「知らんがな!」
「花ちうのは子種残すために咲いてるんや。ただ咲くなんてことあらへんで」
「でもま、花はそうやって、蜂さんや蝶さんの助けを借りて愛を交わしてやね、そのごほうびに蜜を吸わせてあげんねんやから別にそれでええやないの」
「あんたはええ年こいて、そないなおぼこい事言うてるからいつまでたっても男がでけへんのやで」
「大きなお世話やわ」
「花と昆虫の関係は駆け引き以外の何物でもないんやで。そうやって駆け引きしてうまいことやったから、地上にこれだけ仲間増やしたんやないか。植物ちうのは、いかに効率良く花粉を昆虫やら動物やらに運ばせるか、それしか考えてへん」
「言い切ってますよこの人」
「花や実をつける植物、つまり『被子植物』いうんは白亜紀に始めて姿を現しよったんやけどな。それまでいたシダ類や針葉樹なんかを押しのけて、爆発的に地上に広まっていったんや」
「ほう、白亜紀いうとまだティラノサウルスとかがガオー言うて暴れとった時代やね。一体いつ頃ですか」
「えーと、日中戦争の前やから…」
「いつの話や!」
「一億三千万年前ぐらいや」
「違いすぎやで!」
「ちょっとずれたかな?」
「一億年以上離れとるわ!」
「この白亜紀に現れた被子植物、最初は花粉を風まかせに運んでたんだやけど、それよか昆虫をうまいこと使ったほうが効率ええで、ちうことに気づくわけや。それが被子植物が現れてから三千万年ぐらいたったころの話や」
「見てきたように語るなあ、あんた」
「花の蜜は昆虫にとって大事な栄養になってな、それをエサに植物は昆虫を誘うようにはなったんやけど、ほんまのこと言うとな、植物は昆虫に蜜なんかあげたくないねん」
「何でや」
「だってエネルギーの無駄やもん。蜜なんてごっつい甘いもん作るの、大変やもん。なるべくなら無駄な出費をせずに、楽して昆虫に花粉だけ運ばせるようにしたら一番ええやろ。でも昆虫の方は逆になるべく楽して蜜だけいただきたいわけや。そこでお互いにおのれが一番得になるようにあれこれ考えてな、互いが互いを出し抜こうと進化してきたんや」
「何か殺伐とした話になってきよったな」
「植物と昆虫がお互いに協定みたいなものを結ぶ場合もあるで」
「そういう方の話が聞きたいわあ」
「『スイカズラ』は花の深ーいところに蜜があってな。普通の昆虫では手が届かん。でも口の長ーいスズメ蛾だけがこの蜜を吸えるんや。この花はスズメ蛾だけに花粉運んでもらったほうが都合がいいんやな。でも風なんか吹くと長ーい口を花に差し込むのなかなか狙いが難しいやろ。だからこの花の花びらには『ここに蜜あります』つう事を示す矢印までついとるんや。こういうのを『共進化』ちゅうわけ。お互いの利益になるよう、共に進化していくんや」
「それやったらやっぱり美しい関係やないの」
「甘いわ。蜜よりもっと甘いわあんた。そんな事言うてると、このせちがらい格差社会、生き残れへんで。こういう進化の過程でな、おのれは懐を痛めんと昆虫にだけ働かせたろォいう風に進化してきた詐欺師みたいな花もいっぱいあるんやで」
「そんな花、あんの」
「あるある。特にランはやばいわ」
「ラン? ランちうたらあの綺麗なラン?」
「ラン科の植物は二万五千種ほどいるんやけど、そのうちの一万種はまあオレオレ詐欺より悪質やね」
「ほんまか?」
「南アメリカの『カタセタム』ちうランはやね、花びらの真ん中にスイッチがあるんや。蜂が飛んできてこのスイッチにちょっと触ると、いきなり花が花粉の固まりを蜂に投げつけるんやで。ほとんどミサイル攻撃やで」
「何ちう花や。そんなんホンマにあんのかいな」
「花粉の固まりちうても、秒速何メートルちう速さやから、ぶつけられたらめっちゃ痛いで」
「たしかになあ」
「撃墜されるかもわからん」
「ホンマかいな」
「こういう動く植物を『トリガー・プラント』言うんや。それと昆虫を騙すやつもおるんよ。『ハチチドリ』ちう植物の花は『アワフキバチ』ちう蜂のメスそっくりに化けるんや。そらうまいこと化けよるで。毛まで生えとってな、おまけにオスを誘うフェロモンまで分泌するんやで」
「蜂に化けてどないすんねん」
「メスの蜂に化けて待ってるとな、オスが『こりゃいい女がいよった!』ちうんで抱きついてな、ファイトいっぱぁーつ!いうて鼻息荒く差し込もうとするねん。でも穴も何もないし、当然何もできんわな。で、あへ! あへ! 言うてたオスが焦りだして、あれ? あれ? 言うようになるねん。そんなこんなであたふたしてるうちに、体中に雄しべの花粉がつきよるねん」
「えげつない花やけど、あんたの表現の方がもっとえげつないわ」
「さらにえげつない花が『ハンマーオーキッド』」
「ハンマーオーキッド?」
「この花もメスの蜂に化けるんやけどな、その蜂の擬態部分がちょうつがいで花とつながってんねん。オスはメスを見つけるとな、『こりゃいい女がいよった!』ちうんでメスを抱きかかえて」
「またそれかい」
「メスを抱きかかえて飛び立とうとするんや。この蜂は空中で交尾するさかいにな。ところが擬態のメス蜂はちょうつがいでつながってるから、よう飛びたてん。飛ぼうとすると、ちょうど雄しべのところに頭がゴツーン!とぶつかる仕組みになってるんや」
「何やえらい複雑やなあ」
「オス蜂がな、やりたい一心でメス抱えて飛ぼうとすると頭ゴツーン! 飛ぼうとすると頭ゴツーン! そんなことくり返してるうちにオスの体にバッチリ花粉がくっつけられてしまうわけや」
「あんた作ってるやろ」
「ほんまや。ほんまですよ皆さん。これはオス蜂にとっては何のメリットもないどころか悲惨な体験やで。必死でメス抱えて飛ぼうとしてんのに、頭しこたま殴られて終わりやもん。ポン引きにだまされて店に連れ込まれて、何もせんと金だけふんだくられてボコボコにされて表に放り出されるようなもんや」
「まあ確かに蜂にとっては災難やねえ」
「もっと手の込んだ花もあるで。『バケツラン』いうんや」
「バ、バケツ?」
「この花は花弁がバケツみたいになってんねん。で、上からええ匂いのする液が滴っとるんや。昆虫がこの匂いに誘われてくると足すべらせて下のバケツに落っこちるんや」
「ウツボカズラみたいやな」
「昆虫は自力ではバケツから出られへんねん。でもな、わざとらしく一カ所だけ脱出口が用意されてんねん。ようやく昆虫がそこを探し当てて這い出そうとするとな、上にある雄しべの花粉が昆虫にくっつけられるんや。体に花粉をくっつけないと助からん仕組みになっとるんや」
「それホンマに花か?」
「もっといやらしいんが、『パイプカズラ』や」
「パイプカズラ?」
「この花はけったいな形しとってな、怪我した動物の膿んだ傷口に化けてると言われてんねん。丸尾末広のマンガに出てきそうなやつや。でな、この花は肉の腐ったような匂いを出してハエをおびき寄せるねん。ハエがじくじくに腐った肉汁を思う存分すすったろ思うてやってくると、花に生えてる長い毛に捕まってしまうんや。一生懸命逃げようとあたふたしてるうちに体中に花粉がつくんや。そいでもって念のいったことには二日もその花の中に閉じこめられてな。毛がしなびたころにようやく放免になるんやけど、その頃には体中花粉だらけ」
「あんたイヤな知識ばっかり仕入れてんのと違う?」
「これをもっとグレードアップしたんが、『デッド・ホース・アラム』ちう植物や。死んだ馬や。これも花弁に毛がびっしり生えとって、強烈な腐肉の匂いを…」
「ああもうやめてえ」
「ここにハエがまちごうて卵産むとな、孵ったウジ虫ちゃんたちは気の毒やで。おいしそうな匂いだけして、何も食べるもんないんやもん。一種の拷問やな。挙げ句の果てには飢えて全滅」
「そこのお客さーん、帰らんといてえ」
「世界最大の花は『オオショクダイコンニャク』。高さ三メートル、直径九十センチの花で、これまた腐った肉の匂いを…」
「ああこんなネタやるんやなかった」
「世界最大の花ちうたら『ラフレシア』。直径一メートル、花の重さだけで五キロもあんのやで。しかもこいつは完全寄生植物。他の植物に寄生して養分をちゅうちゅう吸うとるいやらしいやっちゃ。しかもそんな寄生虫みたいな身分やのに、自分の繁殖のためにはこんなどでかい花咲かせよるめっちゃ厚かましいヤツや。しかもハエをおびき寄せるために出す匂いがこれがもう汲み取り便所の匂い」
「くっさー!」
「わかったやろ。植物も昆虫も戦略を工夫してな、必死こいて生きとんのやで。花がただ咲いて散ってくなんちう認識はナイーブもええとこや。あんなもん子どもが読んだら、花ちうのはただきれいに咲くもんかと思うやないか。そうなったら日本の科学教育はどうなるねん!」
「そんな大げさな」
「柳田理科雄は何でこういうとこに突っ込まんねん!」
「人にあたってどないすんの」
「ええ年こいてロケットパンチの推力とか計算しとる場合やないでホンマに」
「もうよろしいがな」
「責任者、出てこーい!」
「そら人生幸路師匠や! しかし、あんたの言いようだと夢もへったくれもないなあ」
「科学的認識を正しくしなければあかんちうことを言うとんの! 花ちうのはつまり、生殖の象徴や。セックス・シンボルや。アンジェリーナ・ジョリーや」
「何でジョリ姐さんがそこで出てくんねん」
「だから花なんて滅多なことでつこうたらあきまへんよ」
「何でよ!」
「お見舞いに花なんかもってったらあかん。病人興奮してな、死期が早まります」
「何で死ぬって決まってんねん」
「街角の花売り少女なんて、ほとんど児童ポルノですわ」
「今時そんなんおらんて!」
「生け花のお師匠さんなんちうたら、こんなにエロい存在はないで」
「そんなアホな」
「着物で、密室で、花でっせ! おまけに未亡人」
「何で未亡人やねん」
「今度会ったら押し倒したろ」
「あんたが押し倒してどないすんねん」
「男の人が女の人に花もってったりするのは、それは正しい使い方やな。『やりたいです』いう事を伝えるんやから」
「ホンマに身も蓋もないなあ。トントン、ドアにノックの音がしてな、まあ誰でしょう言うて開けると、素敵な男性がバラ千本持って立ってはるんや。女やったら嬉しいやないですか」
「別なとこも立っとるんやで」
「あんたの言うことはおやじ臭い! 若い女やのに、フレグランスやのうて加齢臭が漂っとる! ええですか、バラですよ、バラ。北原白秋の詩にもあるやないですか。『バラの木にバラの花咲く 何事のふしぎなけれど』何かこう胸にしみじみとくるやないですか」
「バラの木にバラの花咲いて当たり前やないの。バラの木にスカンポが咲いたら世間様に申し訳が立たんやろ」
「何が申し訳や」
「あ、でもラフレシアは咲くかもしれませんね。寄生植物やから」
「いやなこと言うわなあ」
「そいでもって汲み取り便所のかほりがツーンと」
「あのなあ、もっと詩心を持て言うてんねん」
「何が詩心や。北原白秋ておっさんな、人妻と不倫して姦通罪で告訴されたりしてんねんで。単にエロいおやじやで」
「姦通罪! そんな罪ってあんの」
「昔はふっつうにあったんや。しかもこの白秋さん、『万歳ヒトラー・ユーゲント』なんちうナチス大好きソングも作っとんのやで。『万歳ナチス』って思い切り書いとんのやで。エロ・テロリストならぬエロ・ファシストや」
「ほんまにほんまかいな」
「今生きとったらイスラエルに追い回されとるで」
「そんなわけないやろ」
「ひょっとしたら顔変えて南米あたりに潜伏してるかもわからんな。モサドが血眼で探してるかもしれんで」
「そんなわけないって!」
「ゴルゴに狙撃頼んでたりして」
「んなアホな」
「ラストのひとコマで『ビシイッ!』いうて白秋さんの額に穴空いてな、左隅に『THE END』て文字が出ておしまいや」
「あんた日本を代表する歌人になんちうこと言うんや。ああ、あんたと話してると心が荒んでくるわ。何かこう癒されたくなってくるわ。はよ帰ってあいだみつをの『人間だもの』読もうっと」
「まだ言うか。うちの言ったこと全然理解しとらんやろ」
「あんたなあ、もっとこう、心和むような話はでけへんの。あいだみつをの心をちょっとでも理解せえへんの」
「それは無理や。このコラムは『みつを』と『いくを』の見解の相違いうんがテーマやもん」
「口の減らん女やなあ」
「わかった。みつを好きになったるわ」
「ほんま?」
「ほんまや。今から証拠見せるで。ええか」
「見せて見せて」
「ナハッ ナハッ ナハ〜ッ!」
「そらせんだみつおや!」 |
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